フォッサマグナって何ですか?

ナウマン博士のフォッサマグナ 「大地の大きな溝」


 フォッサマグナ(Fossa Magna)はラテン語で、「大きな溝」という意味です。左の図にように、古い時代の岩石(おもに中生代・古生代、「薄い茶色」)でできた 、ほぼ南北方向の溝の中に、新しい時代の岩石(新生代、「緑色」)がつまっています。 この溝は、上空から見下ろしてわかるような、地形的な溝ではなく、山々をつくっている地層や岩石を知ってはじめてわかる「地質学的な溝」です。この「地質学的な溝」を、ナウマン博士は「フォッサマグナ」と呼びました。ナウマン博士は、フォッサマグナの西縁を糸魚川 −静岡構造線、東縁を直江津−平塚線と考えました。このようにフォッサマグナは 三次元の地質構造(二次元の広がりを呼ぶ場合もある;フォッサマグナ地域など)をさすものです。したがって、糸魚川−静岡構造線は、その西縁の境界面(断層面)ですから、「フォッサマグナ 」と「糸魚川−静岡構造線」は同じ意味ではないことに注意してほしいと思います。
 また、フォッサマグナのもう一つの地質学的な特徴は、フォッサマグナの真ん中に南北方向の火山列があることです。北から代表的な火山をあげると、新潟焼山・妙高山・黒姫山・飯綱山・八ヶ岳・富士山・箱根・天城山などです。フォッサマグナの地下には、フォッサマグナの部分が落ち込んだ時にできた南北方向の断層があって、それを通ってマグマが上昇し、南北方向の火山列ができたと考えられています。
 

現在のフォッサマグナの範囲 「溝の深さは、6000メートル以上」



フォッサマグナの範囲は植村(1988)による。



 ナウマン博士がフォッサマグナを命名(1886年)してから、120年以上もたちましたから、日本列島の地質調査も大きく進展しました。この結果、ナウマン博士が予想したようなフォッサマグナの東縁を示す明瞭な境界(直江津−平塚線)は見つかりませんでした。そこで、明瞭な地質学的な溝をさがすとすれば、左の図のように、西縁は糸魚川−静岡構造線、東縁は新発田−小出構造線と柏崎−千葉構造線にはさまれた地域となります。現在、この地域をフォッサマグナと呼ぶことが一般的なようです(しかし、このフォッサマグナを認めない立場もあります)。この範囲をフォッサマグナとすると、フォッサマグナの中に古い時代の岩石でできた関東山地が残って奇妙です。しかし、関東山地を、フォッサマグナが落ち込んでできた時の落ち残りだと考えると、現在のフォッサマグナの範囲を受け入れることができそうです。
 さて、フォッサマグナの溝の深さはどれくらいあるのでしょうか。左の図で、黄丸印は、深さ6000m級のボーリング調査が実施された位置です。しかし、それらのボーリングは、新しい地層の下にあるはずの古い時代の岩石に到達することができませんでした(上の図)。したがって、深さは6000m以上ということになります。また、北アルプス(古い時代の岩石)は標高約3000mあり、越後山地(古い時代の岩石)は約2000mありますからますから、それらの標高を足すと8000m〜9000m以上の深さがあることになります。ちょうど、ヒマラヤ山脈がすっぽり埋まってしまう、隠された溝があるのです。